まかせてちょう。三流工場(こうば)だからこそ、だからこそ・・・汎用旋盤で丸い金型も放物線も簡単になんでも作れるのよん!・・・の巻/金属ヘラ絞り加工・各種金属板金加工は埼玉の佐藤製作所|東京・神奈川・千葉

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まかせてちょう。三流工場(こうば)だからこそ、だからこそ・・・汎用旋盤で丸い金型も放物線も簡単になんでも作れるのよん!・・・の巻

まかせてちょう。三流工場(こうば)だからこそ、だからこそ・・・汎用旋盤で丸い金型も放物線も簡単になんでも作れるのよん!・・・の巻
  • 2工程目の金型は先端部分以外は絞り加工しないので、雑な形状のままです(アタリになればよいのです)天皇陛下に献上する標本ではなく自分で使うジグなのでこれでOK !で、加工する前から薄々A案よりBやC案のほうがスマートな予感はしていました。B,C案では、このサブ画像の「A案第二工程型」はいりません。つまり、無用の長物になるのですが、A,B,C案どの工程でも、絞り加工品を切削して仕上げる(チリ切り加工)「削り型」が必要になります。それにこの画像の金型は利用できることまで計算、考慮して作戦を立てるわけです。3昔前の当業界ではこの手の金型を作れない職人が多くて、毎回木型を起こす(仕上がりもそれなり、アールもメチャクチャ)そして絞り加工。あるいは、金型だけは、金型屋さんに作ってもらう。で、絞り加工品の切削は木型を毎回削って「削り型」を制作してチリ切り・・・・すごい人になるとその木型を水を入れたバケツに浸して保存(変形しにくいんだってさ)
    何をしようが人の勝手で何とも思いませんが、今現在自分の上官がそんな根性の人間で(一生2軍でいろ!!的な)自分ができないことを人に上から目線で(無茶苦茶な論法で)まくしたてられると「昔の人ってバカなの??」とかのど元まで(怒りと一緒に)こみあげてくるのです。そのような状況下に陥ったことがないと私の気持ちなどワッカンネぇだろうなぁ・・・(なんちて)

  • 「指で一跨ぎよ世界地図で見ればな」という事で大きかろうが小さかろうが、力など全くかけずに旋盤加工はできるので「ヘラ絞り作業より」楽なのですが、15年くらい前に画像の金型を製作したときは私の私物の正面旋盤がなく・・・六尺旋盤で切削したので苦労しました(汗 負荷とか、六尺旋盤のスペックを軽く超えていたので・・・・(機械少しおかしくなってその後直しました)

  • 「割り型だってつくれるんだいっ!」などと言ってみたものの、重量が200Kg以上の重量物になってくると、(そんな注文が来ないので)やったことがないのでなんとも・・・。

名称 まかせてちょう。三流工場(こうば)だからこそ、だからこそ・・・汎用旋盤で丸い金型も放物線も簡単になんでも作れるのよん!・・・の巻

簡単なんだよこんなの!

 

ときに・・・テコ台制作レポート止まってますね(汗

ただ過去に完成したテコ台の制作当時の写真を載せてウンチクっぽいこと(ウンチクではない)を垂れればそれでよいのですが放置気味になってしまいまして申し訳ありません

 

画像はもう何時作ったか忘れてしまいましたが4~5か月前だったか制作した金型です

左手前が製品(私が絞った)1発目なのですが、先端部分が広がっています図面では。2パーツ構成の部品だったのですが、一体にさせてください。ということで一体でこさえてあります

何故1体か?と申しますと、2パーツ絞り加工するには、その分段取り、絞り工程、チリ切(絞りものを寸法に切削し仕上げる)バリ取り・・・以上の工程が2倍に増えるからです。んで、さらにそれら2パーツをカシメ機で(ハンドプレスとかケトバシで)かしめて、一体にしなければなりません。「かしめ」で製品にしなければならない場合はヘラ工も納得して仕事ができますが無意味な徒労加工ですと、製作途中で気が狂います

此処でのポイントは、金型を複雑(ということもない。カンタンカンタン)にして絞りを単純にする。

当初の図面では 金型を簡易型にして、絞り加工で毎回毎回疲れることをする。   なのです

カンタンカンタン! 「指の力で一捻りよ!世界地図で見なくてもな!」(声は山田康夫で)ということで、試作型をこさえたものが画像です

この手の特殊(? 騒ぐことはない)型は一番スマートな形状が(過去に同じ仕事をしたことがないと)読めません。脳内図面には実用的な金型製作方法が3つ程浮かびました。どれが一番スマートな金型か判りません

マヌケな金型ですと、注文が来るたびに(仕上がる精度は皆同じでも)絞り職人が疲れます(ほんと~~に疲れます。理にかなっていないと)

そこで3つのうち一番大きな形状で金型を製作し、実際に金型を作った絞り職人が絞り加工をしてみます(この場合他人を信用してはいけません 鉄板!)何故一番大きなものから作るかと申しますと、A案、B案、C案3つあった場合小さい金型から作ってしまうと、次の金型を再度、一から制作しなければならないからです。大きなものから作れば次の金型はそれを利用できます

 

で、以上のような理由でA案の金型で絞ってみましたが、製品にはなるものの、想像していたものほど芳しくない(人間工学?無視で疲れる)ということでB案に移る直前が画像です

手前右側は第二行程型です(一番左は絞り物 真ん中が第一工程型 一番後ろが第一の型カバー)

 

A案で制作した「金型1式」は製品を量産することは可能なものの、とても実用的とは言えないので(馬鹿なことをさせられると絞り加工を担当するヘラ工の気が狂う)B案に作り直すわけですが、とりあえず見本用の絞り加工品はできましたので、それを先様の大本(おおもと)にお見せして許可をもらうまでB案金型は制作しないのが定石です(図面通り絞り加工2パーツで仕上げて、それらをかしめて完成させなくてはダメだ!という判定が来ることもありますので)

で、絞り加工品の完成見本を送って、大本(おおもと)からの許可待ち状態

許可が下り次第すぐ制作できるように暖気状態で待つこと約1週間。GOサインが出ました。あとは事務的な連絡(私の上がしています)が終了すればOKだったのですがなぜかそこで、なしのつぶてに・・・

で3だったか4か月放置して(暖気エンジンは冷めてしまいました)他の戦線が忙しくなってしまったある日ようやくGOがかかり制作することになったのですが、皆さん「刑事モノ」などを見ながら劇中では「署員は一つの事件にかかりっぱなしのように見えて、実はそうでなく、複数の難解な捜査をしながら事件解決に向けて進んでいくんだよ」などと、突っ込んだことがあると思われますが、1~2人の小規模工業主も同じ。

難解な仕事には2種類あって、一つはA:「絞り加工自体が難しいシロモノ」そしてもう一つはB:「段取りさえ確立してしまえばどんなバカが絞ってもしっかりした加工品がコンスタンンスに上がる。金型、工程順の確立。(そこまでの試行錯誤の苦労)・・・つまりプラモデルのキットのようにキットにしてしまえばだれでも作れる。そのキット作りと試行錯誤」

そしてもう一つは(2つじゃないじゃん、3つじゃん!)AとBが両方被った制作になります。

歴戦の勇士という方々はそれら数々の修羅場を(修羅場ではない)沢山こなしているので(それを経験という)画像のような、「金型製作→絞って試行錯誤→再度金型修正→絞ってみる→システムの完成(プラモデルのキットが完成。箱を開ければ誰でも絞り加工ができる」

など、(画像のような仕事など)難しい仕事には入らないのです(それを一流というのでしょうか?私んところは下から数えて2番目ですが・・・)

話が少しそれましたが、上記のような仕事を複数抱えて(もう一人職人がいますが昭和30年~40年代の根性でしか加工できないので、昭和40年代から、何も考えずボケーッと惰性で仕事をし続けた結果、潤沢な予算(これがないのは自動機5台分くらいの商売の種銭を「もうかる!!」と、スケベ心でFXの様なものですべて溶かしたから)も設備もない条件(の町工場)での現代戦(マトモな近代工場との空中戦)など、とても無理です これを「低予算を感じさせない作戦」と言う)Goがかかってから2週間位は手が付けられず放置。で無理なスケジュールの中、なんとか近日中にひねりこもうとした矢先に、突然もう一人いる「その職工」が、たっての頼みで(いや、座っての頼みだった)「どうしても自分がやりたい。やりたい、やりたぃぃぃ~~」とまくしたて始めたので「お手並み拝見だぁ!」ということで、バトンタッチして、金型はお蔵入りしました。(予定ではこの手の他にもう3点絞り加工があって、それら3点に対応する複数の工程型を制作する予定でした)

せっかく完成した金型。何故、お蔵入り?と思われるかもしれませんが「オレが作った金型は使用するな!!自分の力で全部手配しろ!!」などと意地の悪いことなど言うつもりはサラサラありません。

私がガキの頃、この手の業界に侵入したときはもっとひどかったです。そして今日まで、今あるスキルを私に教えてくれた人など誰もいませんでした。いや、本当に・・・・だからこそ・・・だからこそ・・・ね。

 

※中訳 この場合の「教えてくれない」は前回の「つまらない仕事しかできない人間程、自分に少しでも追いつかれないように、見て盗めとか、小出しに小出しに・・・あるいはポイントをわざとズラして教える.。等々のどこの会社にもある、ありがちなケースではなく、故「桂小南」氏の落語で有名な「転失気」のそれに近い・・・・」というより「まさに、それ!!」 機械を使わず手研ぎで、正確な大径、小径ドリルの研削。研削用の機械を使ったドリル研ぎ。すり合わせ、手仕上げによる百分台の正確な平面度の出し方。M60 P4などなど雄雌のねじ切り。台形ねじの雄ネジ、雌ネジ切り。逆ねじのテールストックを正ネジと交換しないと、毎日使用していて気が狂いそうになる。正回転での前進になるように内部シャフトを交換しなければ!という、染みついた根性、気持ち。Vベルトやプーリーの保守、点検。油圧シリンダーの分解、組み立て。油圧シリンダー内部のパッキンの交換。NC旋盤に頼らず汎用旋盤でモタつかず素早くできるアール&放物線切削加工・・・・その他たくさん・・・機械屋の最低抑えなければならない全業種共通基本事項(機械屋とは、機械の販売屋さんでも精密加工屋さんでもなく工作機械を使って仕事をする人間が必要とする最低限の抑えるべき基本事項の意)

 

これらに限っては、嫌がらせで教えなかったわけではないのです。  てん、しつ、きと書いて、てんしき

人に教えてもらわないと一生できないという根性ではなく(教えてくれないと一生照明器具しか絞れませんとか)いやいや、絞り加工に関しては、簡単な加工しかできない状態でも(真鍮しか絞れませんとか)その道で喰っているので、やる気などなくても自力でチタンだろうがモリブデンだろうが(形状にもよる)将来、「自分の代で自然淘汰されない」工業主なら、う余曲折しながらも、(日本の職工は)気が付くと水準まで行ってしまうものですが、すり合わせとか、100分台、1000分台の平面の精度出し、Vベルトだけではなくプーリーも消耗してくるという認識、それによる回転数の低下、交換時期を過ぎても使用することによる、不具合の連鎖・・・・等々・・・

「やる気があれば、教えなくても自分から勝手にどんどん研究しておぼえまさぁ!」なんて「職人モノ ドラマ」では言いますが、密室で、参考になる人物がいない状況下では習得が非常に困難です。そもそも「何を独学で勉強すればよいのか?」(例えばプーリーの溝が消耗することを知らなければ、そのプーリーの保守について勉強しようという発想が発生しない。・・・などなど)とにかく大変です(←自分で言うな!)

 

大規模中規模工場の職人様は「細胞」に例えると「多細胞生物」の細胞です。口の組織の細胞だけでも同じような一つ一つの細胞が数百万(数についてはよく知りません)あると思います。同じように「髪の毛」「頭皮」「胃」「肛門」「肝臓」沢山の各「組織」、「機関」に沢山の細胞が属して仕事をしています。んで、底辺の小規模工場は細胞に例えると「単細胞動物」になります。

アメーバーとかゾウリムシ、ミドリムシ、ラッパムシ、等々・・・・まぁ、俗にいう「アレら」です。

単細胞生物は一つの細胞に、口も肛門も、臭いを嗅ぐ機関もすべて入っています(犬とか猫などと比べても・・・芳しくない事は判りますよね)底辺工場が嫌ならば、単細胞生物(一つの細胞が多細胞生物に比べてかなり複雑)になるしかないのです

ですから、「大規模、中規模工場主」の発想と、「本格的小規模工場や底辺工場の職工」の進めるべき到達地点は、同じ業種でも大きく異なります

以前お話ししましたが、ガキの頃、侵入社員として所属したことのある得撫の常勝青葉学園で5年ほど「球拾い」をして帰ってきたことがあるのですが、後日談で青葉の「事実上の支配者」が「佐藤君には経営を教えた」と言ったそうです。(直接聞いたわけではありません)事実上の支配者の人の「人間の本質」は「敵に回してしまった瞬間、御終いなのですが、なかなかいない心根の優しい思いやりのある人」なので、どういう意味で言ったのかは(悪意的なのか、好意的になのか、はたまた苦し紛れの体の良い言い回しなのか)判りません。その反面No1(名将城山監督)は、私に使用するにあたって必要な最低限の(意図的ではないものの間違った)技術しか教えませんでした。それ以外は彼と行動する少ない時間内で「名将城山の意図を自分で察せ!読み取れ」ということで、強制的にいろいろと叩き込まれました。

その中で、一番よく刷り込まれたのが「個人の資質に頼るような会社はダメだ!!どんなバカ、無能な人間でもうまく回る、そして常に常勝でいられるシステムを築け!!オマエもバカだろ??そういうの得意だろ??オマエもそうなれ!!」と、常に訴えます。

私は、若いころからボケーッとしているし、「見た目以上に芯が弱く」、根性も「見た目以上に無い」ように見えるので(私と接した人以外、今でもそう思っているでしょう。) しかしながら、イエスマンのように見えるだけで、まったくイエスマンではなかったので(私だって、順応性は人並みにあります。軽いボディタッチ位なら笑顔で返せたサ・・・・でも、許容範囲ってものがあります 決して武勇伝のように語っているワケではありません)

で、「確かにおっしゃる通りですが、それはある程度会社が大きくなってからの話では??・・・父親と私2人でやっているような底辺工場でバカって・・・それだと私の場合、誰に責任をなすりつけたり(城山監督の無謀な作戦の失敗  =責任、現場)バカで何もできない私が水準の品物を、何処の誰を使って制作させるんですか?」

と、口には出せないものの、モロに態度に出さざる得ない状況に陥る。(連鎖でさらに関係が悪化すると)私と同じような特殊な侵入社員(同じではない。私が一番バカでした 汗)

「ハートのないロボットを乱造しでもそんなもの役に立たないのでは??独り立ちしても、すぐ壊れてダメになってしまうか、走り出しても「それなり」以上でも以下でもない粗悪品。先祖が大名にでもならない限りずっと底辺工場のままでお終いになってしまうのでは・・・」

(↑さすがに・・・盛りすぎました。ハートのないロボットの乱造については当時そこまで考えていません。私の創作。そして今になって感じる気持ちです。そしてこの訴えも破綻しています。この一連の流れは育成ではなく城山監督の趣味だったのでそこまで厳しく接する必要などもなく、上辺だけの指導で問題なかったのです。  下士官の方々はお金持ちの道楽と思っていましたし。他将官も思ってたんじゃないかなぁ・・あと、城山監督の趣味に付き合わされて一番割を食っていたのは私見では「事実上の支配者」さんです) 

追記で、私の場合「ハートのないロボット」にはならなかったのですが「脳みそのないカカシ」でした

当時は私も子供だったので自分の考えが正しいと決めつけて城山監督の訴えを脳内で一切否定していたのですが、私と同じような「侵入社員」だった(ネット用語でいうドキュン的な)若者たちは、風の噂では皆立派になって活躍しているそうです(私はスタートラインにすら立っていいません)そして話は変わりますが、私が城山監督に事実上の支配者やその他副官がいる場所で直接言われた言葉で「佐藤は、オヤジさんのように仕事をこなすことは一生できない」というのがあります。

「他のドキュン的な若者は大成できても佐藤は絶対彼らのような立派な工業主にはなれない!!」という忠告に対して「そんなことはない、彼らはボンクラ。同じ条件で負ける要素は全くない」(だって、世話になっている分際で朝、お母さんの代わりに誰かが起こしてくれないと起きれないとか。なんで今日は起こさなかった!!佐藤め!ぶっコロがス!!とかその他、ナメたこと沢山するアマッタレなんですぜ??)という当時の私の考えは、まったくもって間違っていましたが(城山監督の方が正しかった)

それから、体育会系の部活に所属していた学生時代は、同じく体育会系上がりの顧問は上級生からの可愛がりや説教と称した「リンチ」の存在について非常に良く熟知していて、殆ど黙認する中で、ときには歯止めになったり、それら状況で毎日笑顔でやってくる一年生を常に観察し、「ん!ヤツは男だ!」とか「アイツ・・・そろそろヤバそうだなぁ・・」と(とても完璧とは言えないものの)常に制御の役割を(多少)努めていましたが、城山監督以下、事実上の支配者、No2、ガルマ殿下(No3)のお歴々は・・・・まぁ、「毎日いじめられています。ボクを助けて!」とか言うつもりもありませんでしたし、どうでも良いのですが、(以下略) ただ、これらイジメは特殊な部分があって「体育会系のシゴキ、イジメ」には一つだけ存在しないものがありました。それは、(上村君事件のような)「生命の危機」

私が侵入社員として所属して確か、4年目、5年目に新入社員が2名入ってきました。私を除く他の侵入社員の方々は大体満5年で卒業(アイドルみたいだ。でもサバンナを訪れたとき老齢で餌をとれなくなったライオンに餌を与えてはいけないように、次からは知り合いでもないやる気のない人間には餌を与えず自然淘汰に任せようぜ・・・と、言いたい)

で、私の場合は満5年で退学(笑)  その後、用事で再び訪れたとき、もうその2名の若い新入社員は退職していました。

その後も、新入社員が入ったそうですが(ゆとり世代とか関係あるのかは知りませんが、即死したそうです。もちろん事故で死んだという意味ではありません)で、今はソビエト崩壊からずいぶん時間が経過しましたし全く違う会社になっていると思いますので当てはまりませんが、当時の将官のお歴々のズレ度のたとえ話をするならば、

城山:「また、今度は入った新人が即死しやがった。これで●人目だ。全く根性がねぇ・・・・そういえば10年くらい前に「佐藤」とかいう、どうしようもない根性なしのクズがいたけど、アイツはよく辞めずに任期を務めたなぁ(侵入社員には任期がありますが新入社員さんは定年まで所属します)」

事実上の支配者:「10年前は下士官連中の人間性、質が良かったのよ・・・だからあんな根性なしでも、辞めたい・・・とか言い出さなかったのよ。それに対して今の・・・・」

と、まぁこれは私の作り話でこんなことは絶対あり得ませんし、そこまで感覚がズレているともサラサラ思っていませんが、上記のようなやり取りがあったとしても全く驚きはしません。(あと、この作り話も破綻しています。何人も即死したとしても、佐藤という存在自体覚えていないので話題にすらならないと思われます)

再び、学校生活の話に戻って・・・

練習中、よく先輩にメチャクチャ殴られて(口の中は切れまくっているので冷たい白米でないと食べられない)痛い思いを沢山しましたが、(上級生の中に必ず一人くらいいる根性の悪い人間を除いて)当時は毎日とても憂鬱でしたが、今現在、先輩達を憎いと思ったことは一度もありません)あ、あと部室では説教と称しリンチとかもほぼ週一。昼休みも部室に行って先輩の使い走りを担当しなければならない(当然昼休み前に早弁します) 日本の学校の体育会系では特に珍しくもない日常のシーンです。

妖怪漫画の「水木しげる」氏が軍隊時代の回想で、後年兵に拳とか下駄のような硬いモノで顔面を殴られたとき、顔に電火のようなモノが付いたと思った瞬間、一瞬時間が判らなくなり、次の瞬間には体が吹っ飛んでいて「痛い」とかそういう感覚はないとおっしゃられいていましたが、軍隊と違い体育会系の場合、それも含まれますが、証拠が残るのは当時の軍隊より不味いので・・・・

まず、痛い系は顔面ではなく頭部の耳のやや斜め上。頭蓋の薄い部分を拳で殴られたとき(思い切りでなくても、もんどりうちます)

次に苦しい系は、正座をさせられている状態で、ボディーを前蹴り。足の力は腕力の約3倍。腹筋に力を入れていても、地獄のボディーの苦しみを味わいます。・・・で、ここまでなら日常茶飯、別に騒ぐことではないのですが、先輩が6人位、入れ替わり、連続で腹に蹴りを入れます。最初の一発目は、一応腹に力を入れる等、対応できるのですが2発目以降は、もう対応できません。この苦しみと言ったら・・・・内蔵破裂するんじゃないか??と思わずには入れられない苦しみ。毎回使うことはできませんが2~3発位、喰らったところで苦しさの演技で(実際苦しい)正座の状態から倒れこみます。すると「勝手に体勢を崩すな!」と、その崩れた体制からボコボコに体中蹴られますが(いや、それだってイタいですよ)でも、ボディーより遥かにマシなのです。

「気合!」「ド根性」これら精神論だけではよろしくありませんが、やさしさ、思いやり、傷ついた、自分にご褒美・・・いろいろと、ささやかれる中、そうそう悪いことばかりではないというお話。

それから、昔の職人は学問などいらない、少しでも早く現場に入って仕事を覚え切磋琢磨した方が良い!!という親方の考えで泣く泣くペンをヘラ棒に持ち替えて仕事を始めた人もいたかもしれません。

確かに、この仕事にはそれほど難しい学問はいりません(しいて言うなら、中学レヴェルの連立方程式と2次関数、高校一年生の授業を受けなくても教科書にチョッロっと乗っているsin cos tanの理屈。これだけ知っていればそこそこ行けてしまいますが)学問とは受験のためにするものでもなく(人間性を豊かにするとか?)学校というものは勉強をするためだけの機関ではなく社会の縮図であり(以下略)将官になる人ほど、進学しなければいけないというのはその辺にあるのかもしれませんよね。(学のない私が言っても根拠は感じられませんが 汗 それから、結果的には最悪な結末に終わってしまいましたが、このように学のない私を当初、取り立てて侵入社員として受け入れてくれたことには心から感謝しているのです)

 

話は戻って・・・

「親父さんのようには一生できない」という意見についてだけは、私の方が正しかったのです。

名将城山監督と言うと意に反する選手をベンチ入りさせて使わないという比喩に使われるのが一般的なのですが、偶然私も同じような境遇(球拾い)、被ります。しかし、そういったことを訴えたいのではありません。従えないと思った命令には絶対に進んで従わなかったり(オレがイイッって言ったらイイんだぁぁぁぁ!!!とか怒鳴りだして機械のベッドを蹴りだすまで、折れなかったりとか・・・(そんな社員他にいない。しいて言うなら序列でガルマ殿下より20歳以上若い身内の将官補(殿下と違って責任能力はない。でもガルマ殿下同様、根本的な人間性は腐っていない)が、抗議の意で勝手にその場で帰社しちゃったり位・・・逆に馬の骨の私にはそれはできないしそんな発想にもならない)でも、今でも言えます。絶対に従ってはいけない・・・と。ボタンを押して(ただ、押すだけの仕事)製品を流すのは私の仕事でしたし)やられたら、それなりに私も態度でやり返していました。(もちろん何倍にもなって反撃が来ることも覚悟の上でです。  まったくもって無実の罪を擦り付けられたり、まるで見てきたかのようなウソの噂を将官たちの間に流したり等々)おそらく彼の人生でそんな人間は殆どいなかったのでしょうし(いたとしても退職しているでしょう)私の行動も覚悟の上。干されるのも当然なのです。そのことに対して、私は監督に対して何も含むところはありません。そうではなく、劇中の城山監督の考え方、選手の使い方がモロに被るので城山監督と言っているだけなのです)

野球漫画繋がりで、ちばてつや氏の兄弟のちばあきお氏の「キャプテン」の劇中のセリフ。正確には覚えていませんが、志の低い考えの部員たちに主人公の谷口君はいつも現実を突きつけるセリフを吐きます。正確には覚えていませんがその中に・・・

「君たちは知らなかったんだなぁ・・・青葉にとっては地区大会予選など2軍の試合慣れの場に過ぎないんだよ」・・・と言う言葉があります。つまりそういう事なのです。私も親が経営するこの底辺工場に入ってかれこれ四半世紀、なんとか同業に「ここにも絞りやがある」と認識してもらえるように(残念ながら現時点では「何、絞り屋??ゴミかと思った」)死ぬ気で近代化に務めた結果がコレです・・・。おそらく城山監督がこの工場を見たら、こう思うでしょう・・・

(あまりに、哀れなので口こそ出さないものの内心の正直な気持ち)「おい、佐藤・・・お前この25年何やってたの???逆にどう生きたらこんな結末に陥るのか、そっちのほうに興味が湧く」・・・と。

残念ながらこれは事実です。そういうときのコメントはヘタに体裁を保って「あれから25年、佐藤も立派に頑張っている」とか中途半端な慰めは逆効果。黙っているのが一番の思いやりです。(だから、たとえ社交辞令でも、「彼も立派にやっている」とは言われないと思いますし、絶対に言ってはいけないのです。もちろんソ連(得撫)と日本は離れているのでそんなことを言う機会もまず、ありませんが)

 

随分、脱線しましたが・・・

 

私の考え方では「下から2番目なのだから(世はそれを底辺工場と言う)人を頼るな!大規模工場のような絶対素人ではできないような加工を特殊な会社に外注に出すのと、底辺工場で「加工できなくて外注に出す」の言葉の意味は同じようで全く違う!少しずつでも、できない加工を自社で出来るようにしなければならない!」(判りやすく例えれば起業10年目では正面旋盤がない・・・つまり大型加工は何もできない、外注に出す・・・・が、20年目では「正面旋盤ならあるで」などなど、小規模工場でも脳ミソを使った形跡が見受けられる・・・的な??)

 

で、もう一人の偉い人側の職工は「絞り加工に専念して、できる範囲の他の加工、制作は行う。それ以外のできない加工は協力工場に(へら絞りの会社、それ以外の切削加工の会社等々を指す)お願いして品物を収める 皆で協力して一つの品物を仕上げる。それはとても崇高なことで・・・(ハイ。少し話盛りました。スイマセン でも基本的な意味合いは合ってます。 笑)」

 

私「それは偉くなってからの話・・・いやいや、水準の工場になってからの話なのでは・・・そもそも人間というものは基本的に一人だし(底辺工場に限っての話です)永遠に簡単な加工を人任せにするのは・・・・」

上「仕事を出せば協力工場も自社も仕事が貰えてお互いWin Winで皆幸せに・・・」(もちろん「昭和一桁」と「団塊の世代」の「中間の時代に生まれた世代」の間の時代生まれ」の上がWinWinなんて言いまわしなどしません。盛ってます。でも嘘は付いていません。趣旨的には間違ってない)

私「オマエ、WinWinの意味はき違えている。WinWinは皆幸せになる的な言葉。それだと無意味な付加価値やマージンをモロにかぶせられる「先様」が損するじゃないか!!!つーか、そんな見積もり情弱でもない限り決まらないだろう。そしてそういう人が(ノーブランドでも問題なく完ぺきにできる会社を探す普通の感覚の持ち主。つまり情報弱者でない人が)有名でもなく近所でもない、この小規模工場に見積もりの依頼をすると思うか??」

(あとは、「お前は苦労を知らないから」とか、給料??「そんなもの食費と光熱費で残らない」(モロ貧困ビジネス)とか

(いや、かなり控えめに申し上げてもそんな雑費以上は会社に貢献しているだろう。つーかアンタが仮に2人いたとして、今のスキルのままで20代の若者に戻れたとして工場を回しても高度成長期のような時代でない今だと自然消滅するデショ?生き残っていられると思うの???私のことタダの一人分の人手だとでも??ブレーンは私なのでは・・・・)という訴えに対し

「お前は傲慢だ!お前など全く貢献していない。オマエなどいなかった方が今以上の発展があった。お前は当社の砂袋!」的なことを言われる。

この流れに繋がるのが毎回のパターンです。

で、これだけでも相当思うところがあるのですが、伊達に20年以上そんな上の下で我慢していたわけではないので(スットックホルム症候群)そのくらいでは決壊しないのですが私の大切な私物(設備)の扱いがあまりにも酷いのでそれがラストストローになります。(工場内70%は私が本当に低予算で工夫に工夫を重ねて拾ってきた機械類です)

例えば、摺動面が汚れていようが奇麗だろうがまったく気にしない。そして摺動面に給油は一切しない。(そしてカジって動かなくなっても、自分んが原因だと認めない、つーか、そのこと自体、気が付かない)摺動面を金床ににハンマーで板金作業。小規模工場故に毎日使用することのない正面旋盤のベッドに重量物を載せて棚代わり(機械が歪みます)  ギアボックスが最高速になっている状態で(1200rpm位)機械から離れて数分空回し。(一流メーカーの新品の旋盤でも1200~2000回転で数時間回し続けたら機械は壊れます)レッドゾーンという概念がない(あとはもう上げきれないことがたくさん)

 

自分でも何を訴えたいかわからなくなってしまいましたがとにかくもう一人とは「戊辰戦争」時の薩摩と長州の上層部と同じくらい仲良く団結して戦っています

 

あ、あと底辺工房を長くやっていると(こじらせていると)「低予算を感じさせない作り」について意図的に「安い単価で受ける」的なとらえ方で(「食っていければよいんだぁ~~とか思っている奴ら」(スト破り的な見地で軽蔑した目で見られる)とらわれますが、

「低予算を感じさせない作り」の真意は、無駄な工程、無意味な工程、無意味なマージン、無意味な場所代、そして、無意味な「うーん、この人からいくら取れるだろう?」という発想、その他無駄を一切省くという意味です

そうでなければ「砂漠の狐」だろうが「作戦の神様」だろうが(これは戦争ですが工場製品に例えると)単価を抑えて、製品も一級品でこさえても「ワーキングプア」になってしまいますから・・・(戦争だったら部隊は全滅。大切な部下達の命はただの犬死)

どんな世界でも「同じ条件での公正な勝負」などありません。生まれてきた環境。設備の充実さ。頼りになる副官・・・皆バラバラです。そんなことを理由にしていたら戦えませんよね。

なんで私がプアなのかは「べっ、別の理由があるんだからねっ!!」

 

 

 

 

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